大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和58年(オ)1178号 判決 1987年11月13日

上告人

右代表者法務大臣

遠藤要

右指定代理人

菊地信男

外七名

被上告人

日田商事株式会社

右代表者代表取締役

吉川邦雄

右訴訟代理人弁護士

安田弘

最所憲治

村岡富美子

主文

原判決中上告人敗訴の部分を破棄する。

右部分につき被上告人の控訴を棄却する。

控訴費用及び上告費用は被上告人の負担とする。

理由

一上告代理人藤井俊彦、同篠原一幸、同根本眞、同石井宏治、同北野節夫、同麻田正勝、同小林秀和、同美濃谷利光の上告理由一について

所論は、要するに、所有権の登記のない不動産(不動産の表示の登記のないものを含む。)について不動産登記法(以下「法」という。)一〇四条により所有権の処分制限の登記の嘱託があった場合には、同条の特殊性から、その嘱託とその嘱託前にされた不動産の表示の登記(以下「表示登記」という。)の申請又は所有権保存の登記の申請との間には、目的不動産が同一の場合でも、法四八条の適用される余地がないというのである。

しかしながら、法四八条は、同一不動産に関しては、その登記が不動産の表示に関するものと権利に関するものとを問わず、すべての登記について強行規定として適用され、したがって、当該申請(嘱託を含む。)に却下事由の存しない限り、必ず申請書(嘱託書を含む。)の受付番号の順序に従って登記をすべきものと解するのが相当である。原審の判断は、同一不動産に限定しなかった点において、同条の解釈を誤った違法があるものというべきであるが、右違法は判決に影響を及ぼさない。論旨は、結局採用することができない。

二同二について

所論は要するに、表示登記のない不動産について、表示登記の申請と同時にされる所有権保存の登記の申請は、本来却下されるべきものであり、申請人の便宜を図る見地からこれを却下せず、表示登記がされたときに所有権保存の登記をすることとする便宜的取扱いも、法一〇四条による所有権の処分制限の登記の嘱託があった場合には許されないので、被上告人の所有権保存の登記の申請は却下を免れず、被上告人が登記官の行為によって損害を被ったものとはいえない、というのである。

原審は、(1) 被上告人は、昭和四七年三月一三日訴外西島生二(以下「西島」という。)から本件建物を買い受けた、(2) 被上告人は、本件建物が未登記であったため、同月二四日福岡法務局西新出張所に対し、被上告人所有名義の表示登記及び所有権保存の登記の各申請を同時にし、前者が同日受付第一二七六三号、後者が同第一二七六四号として受け付けられた、(3) 被上告人は、本件建物の所有権を西島から売買により取得したにもかかわらず、表示登記の申請に際し、申請人の所有権を証する書面として、本件建物の建築主が被上告人である旨の記載のある建築請負人及び附帯工事人(左官)ら作成の建築工事完了引渡証明書等を提出した、(4) このため、登記官は、同月二七、八日頃書類審査を終わった段階で、実地調査が必要であると判断して処分を保留した、(5) 福岡地方裁判所は、国際航業株式会社(以下「訴外会社」という。)からの所有者(債務者)を西島とする本件建物に対する仮差押命令の申請に基づき、同年四月四日仮差押えの決定をし、同月六日前記出張所にその仮差押えの登記の嘱託をし、右登記嘱託は同日受付第一五四七一号として受け付けられた、(6)登記官は、同日職権により嘱託書の記載に従って本件建物の表示登記及び西島のための所有権保存の登記をしたうえ、訴外会社のために仮差押えの登記をした、(7) 登記官は、同月二八日いわゆる二重登記となることを理由として被上告人の表示登記の申請を法四九条二号により却下した、(8) 被上告人の所有権保存の登記の申請は、登記官の勧告により取り下げられた、との事実を確定したうえ、法四八条は、権利に関する登記相互の間に限らず、不動産の表示に関する登記相互の間、更には右各登記相互の間においても、登記申請書又は登記嘱託書の調査及び登記がいずれも受付番号の順序に従ってされなければならない趣旨を定めたものと解されるところ、登記官は、被上告人の各登記申請の受否の決定が保留されていることを看過して、右の登記嘱託に基づき、本件建物について表示登記及び所有権保存の登記をしたうえ仮差押えの登記を実行し、被上告人の各申請につき却下又は取下を余儀なくさせ、被上告人の本件建物の所有権取得を訴外会社に対抗しえなくさせたのであるから、上告人は、被上告人が本件建物の所有権取得につき対抗要件を具備する機会を喪失したことによって被った損害を賠償する義務がある旨判示している。

しかしながら、原審の右判断を是認することはできない。その理由は、次のとおりである。

所論指摘のように、未登記不動産について、表示登記の申請と同時にされた所有権保存の登記の申請は本来却下すべきものであり、前記のような便宜的取扱いは法の予定するものではない。しかし、右の所有権保存の登記の申請を、その前提として同時に申請された同一不動産の表示登記がされた時に受け付けてその処理をする便宜的取扱いは、これを肯認しても登記事務処理上許容し難い弊害を生ぜしめるものではないので、法の絶対的に容認し難いものと解する必要はなく、このことは、所有権の処分制限の登記の嘱託が併存している場合にも特に別異に解すべき必要はない。

ところで、前記一に説示したところによれば、登記官が、受付番号が前である被上告人の本件建物の表示登記の申請について先に処理することなく、受付番号が後である仮差押えの登記の嘱託に基づき表示登記及び西島のための所有権保存の登記を職権でしたうえ仮差押えの登記をしたことについては、右の申請及び嘱託に係る建物がいずれも同一の本件建物である以上、形式的には法四八条に違背するものであるといわざるを得ない。

しかし、法九三条二項は、建物の表示登記の申請書には申請人の所有権を証する書面を添付することを要するものとしているところ、前記の事実関係によれば、被上告人の建物の表示登記の申請書に添付した所有権を証する書面の記載内容は真実と符合しないものであり、かかる書面を添付してした右申請の欠缺は、即日補正し得ない性質のものであるから、被上告人の表示登記の申請は法四九条一〇号、八号により却下を免れなかったというほかない。

そして、もし登記官が受付番号の順序に従って被上告人の表示登記の申請について実地調査等の審査をし、前記のとおりその申請を却下することなくその登記をしたとしても、その登記完了前の嘱託に係る仮差押えの登記をするときは、目的の建物が同一であるから、右の被上告人の申請に係る表示登記のされた登記用紙に職権で嘱託書の記載に従って西島のための所有権保存の登記をしたうえ仮差押えの登記をし、右登記用紙の表題部に所有者として記載された被上告人の表示を朱抹することとなるので(法一〇三条参照)、右の登記嘱託後に受け付けられたこととなる被上告人の所有権保存の登記の申請は、その申請者が法一〇〇条一項各号掲記の者に該当しないことを理由として却下されることになるのである(法四九条三号、四号参照)。

したがって、被上告人の表示登記の申請は、本来却下を免れないものであり、また、仮に法四八条に従いその申請が先に処理されてその登記がされたとしても、あるいは誤って仮差押えの登記の嘱託に基づく登記が先にされようと、被上告人の所有権保存の登記の申請が却下を免れないことは同じであるから、登記官が嘱託に係る仮差押えの登記を先にした点については、形式的に法四八条の違背があるとしても、結局嘱託に係る仮差押えの登記をしたことには違法はないものというべきであり、被上告人の本件建物の所有権取得をもって訴外会社に対抗しえなくなったのは、登記官の違法な行為によるものではないというべきである。

以上のとおりであるので、被上告人が本件建物の所有権取得をもって訴外会社に対抗しえなくなったことによって被った損害につき上告人に損害賠償義務があるものと認めた原判決には、法令の解釈適用を誤った違法があり、右違法が判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、論旨は結局理由があるものというべく、原判決中上告人敗訴の部分は破棄を免れない。そして、原審の適法に確定した前記の事実関係及び右に説示したところによれば、被上告人の本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく失当であり、被上告人の本訴請求を棄却した第一審判決は結論において相当であるから、前記の部分につき被上告人の控訴を棄却することとする。

三よって、民訴法四〇八条一号、三九六条、三八四条一項、九六条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官香川保一 裁判官牧圭次 裁判官島谷六郎 裁判官藤島昭)

上告代理人藤井俊彦、同篠原一幸、同根本眞、同石井宏治、同北野節夫、同麻田正勝、同小林秀和、同美濃谷利光の上告理由

原判決は、未登記不動産に対する所有権の処分の制限の登記の嘱託の処理に関する不動産登記法(以下「法」という。)の規定の解釈を誤り、ひいて国家賠償法一条一項の適用を誤ったもので、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

一 原判決は、「法四八条の『登記官ハ受附番号ノ順序ニ従ヒテ登記ヲ為スコトヲ要ス』との規定は、登記の順序が権利の順位を定める標準となることに鑑み設けられ、直接には登記事務取扱いに関し登記官が登記をする順序を定めたもので、直ちに対抗力にかかわるところの権利に関する登記間に限られず、右権利に関する登記の手続上その必須の前提となる表示に関する登記間にも適用され、もとより嘱託による登記間についても準用される(法二五条二項)のみならず、それぞれ右の各登記相互間においても、その登記申請書あるいは登記嘱託書の、調査並びに登記がいずれも受付(順位)番号の順序に従ってなされなければならない趣旨を定めたものと解される」(原判決一〇丁裏四行目から同一一丁表一行目まで)と判示した上で、未登記不動産について表示の登記と所有権保存の登記の申請がされた場合について、「表示登記が実行されるまでの間に裁判所から所有権の処分制限の登記嘱託がなされたときも、すでに先順位受付けの表示登記、所有権保存登記の各申請が存する以上、これら各登記申請の処理がなされるまで右登記嘱託の処理を保留し、右申請にかかる各登記の受否の決定が順次なされた後に、後順位受付けの右登記嘱託の受否を決定すべきものと解するのが相当である。」(原判決一一丁裏五行目から同一一行目まで)と判示している。

しかしながら、原判決の右のような解釈は、嘱託による所有権の処分の制限の登記について特別の手続を定めている法一〇四条及び一〇二条の規定を全く無視するものであり、明らかに誤りである。

すなわち、法一〇四条一、二項及び一〇二条によれば、所有権の登記のない不動産(不動産の表示の登記のみされている場合とその登記もない場合とがある。)について所有権の処分の制限の登記の嘱託があった場合には、登記官は職権で所有権の登記をしなければならないことになっており、その場合、登記官が表示の登記のない不動産について表題部を起こす際には、実地調査をしないで、嘱託書の記載どおりに、表題部に不動産の表示に関する事項を記載しなければならないこととされているのである(吉野衛「注釈不動産登記法各論3」登記先例解説集二一巻一二号一〇四ページ)。

右のように、所有権の登記のない不動産に対する所有権の処分の制限の登記の嘱託があった場合に例外的な取扱いが定められているのは、この場合にも原則を貫き、右嘱託を法四九条二号によって却下することは、処分の制限の登記の緊急性に反するし、さりとて、登記義務者である所有者の協力を期待することは現実的ではないからであると解されている(吉野・前掲登記先例解説集二一巻一二号九四ページ参照)。したがって、法一〇四条及び一〇二条の適用がある場合には、その制度の特殊性からして、嘱託に係る登記が優先するのであって、これより先に申請された表示の登記あるいは所有権保存の登記との間で法四八条を適用する余地はないものといわなければならない。

二 なお、原判決は、前記したように、表示の登記と権利の登記との間にも法四八条が適用されるとの解釈を示した上で、「所有権保存登記が、その対象である不動産の客観的、物理的現況の公示を目的とする表示登記の存在を論理的に前提としているとしても、右の順序に従って登記がなされる以上、所有権保存登記を処理する段階においては、すでにその表題部に右登記申請者が所有者として記載された表示登記が存在し、右の前提はこれを充足していることとなり、表示登記を欠く不動産について直接所有権保存登記申請がなされた場合と同一に取り扱うことはできないので、すべからく登記官は後順位受付けの右所有権保存登記申請の処理はこれを保留し、右表示登記完了後、その所定の登記手続を実行すべきであって、右所有権保存登記申請を法四九条二号の規定に該当するものとして却下し、あるいは、同じく却下すべきことを前提にその取下げの指導をなすがごときは違法な行為というべきである」(原判決一一丁表一行目から同裏一行目まで)と判示しているが、右のような考えは以下に述べるように誤りである。

すなわち、法一〇〇条は、「始メテ為ス所有権ノ登記ハ左ニ掲ゲタル者ヨリ之ヲ申請スルコトヲ得」と規定し、同条一号には、「表題部ニ自己又ハ被相続人ガ所有者トシテ記載セラレタル者」が掲げられているところ、右の規定は、①同条二、三号該当の場合を除いては、当該不動産につき表示の登記がない以上所有権保存の登記をすることができないということと、②表示の登記がされている場合の所有権保存の登記の申請権者を定めているものであり、右要件を充たしていない所有権保存の登記の申請は法四九条二号により直ちに却下されるべきものである。そして、このことは、未登記不動産について表示の登記の申請と所有権保存の登記の申請が同時にされている場合(連件申請)であっても同様であり、所有権保存の登記の申請は却下を免れないのである(東京地裁昭和四九年二月四日判決・訟務月報二〇巻五号五六ページ参照)。

もっとも、登記実務上、ごく一部ではあるが、表示の登記と所有権保存の登記の連件申請があった場合において、表示の登記の申請が即日処理できるとの見込みの下に、表示の登記を前提とする所有権保存の登記の申請を却下しないで留保しておき、表示の登記が完了した後に所有権保存の登記を行う例があるが、これは、申請人の都合を考慮して行っている便宜的な取扱いにすぎないものであって、本件のように、所有権の処分の制限の登記の嘱託が併存している場合には、前述した嘱託登記の制度の特殊性により、右のような便宜的取扱いをすることは到底許されないものである。

以上により、原判決は、未登記不動産に対する所有権の処分の制限の登記の嘱託の処理に関する不動産登記法の規定の解釈を誤り、ひいて国家賠償法一条一項の適用を誤ったもので、この違法が判決に影響を及ぼすことは明らかである。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例